田中義雄、61歳。
レコード屋の店主。大分生まれ、大分育ち。東京に少しだけ浮気した。
最初に聴いたレコード
1978年、中学2年。親父の部屋にあったステレオセットを勝手に使った。棚から適当に引っ張り出したのが美空ひばりだった。正直、そのときはピンとこなかった。
でも次に手に取ったのがビートルズの「Abbey Road」で、B面のメドレーが始まった瞬間に何かが変わった。「You Never Give Me Your Money」からの流れ。あの曲が終わらないで次の曲に繋がっていく感じ。CDだと曲番号が変わるだけだけど、レコードだと針が溝を辿っていくのが見える。音楽が物理的に存在してるんだって、そのとき初めて思った。
翌週、小遣いを握りしめて大分市内のレコード店に行った。500円で買ったのがサイモン&ガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water」のシングル盤。7インチ。今でも店のカウンターの裏に飾ってある。売り物じゃない。
最初のプレーヤー
高校に入ってバイト代で買った。CEC(中央電機)のベルトドライブ。型番は忘れた。確か¥18,000くらい。安物だったけど、自分の部屋で好きな音楽をかけられるようになったのは大きかった。
針の交換を自分でやったのもこのプレーヤーが初めて。手が震えた。カートリッジのネジが小さくて、落とすと畳の目に入って見つからなくなる。3回落とした。
その後、大学進学で東京に出て、渋谷のレコード店でバイトを始めた。店の名前はもう思い出せない。センター街から少し外れた雑居ビルの2階。階段が急で、レコードの箱を運ぶのが地獄だった。でもそこで盤面の見方を教わった。ライトの角度を変えて、反射で傷を確認する方法。今でも同じやり方でやってる。
今のこと
1993年に大分に戻ってこの店を開けた。最初は南太平寺の別の場所で、6畳のスペースに段ボール箱を並べただけ。今の場所に移ったのは2001年。広くなったけど、棚がすぐに埋まるから結局手狭に感じる。
妻は「もう十分でしょう」と言う。たぶん正しい。でも先月も岡山の廃業した店から200枚まとめて引き取ったばかり。仕分けがまだ終わってない。
息子が時々店を手伝ってくれる。27歳。彼はSpotifyとApple Musicの人間で、レコードには興味がない。でも梱包は本当に丁寧にやってくれる。段ボールスリーブの折り方も覚えた。いつか店を継ぐかどうかは知らない。聞いてない。聞くつもりもあんまりない。
朝10時に店を開けて、19時に閉める。火曜定休。たまに水曜も休む(膝の調子が悪いとき)。来客がない午後はカウンターの裏で入荷したレコードのクリーニングをしてる。VPIのクリーニングマシンを2018年に買った。あれは良い買い物だった。
61歳。腰は痛いけど、耳はまだ大丈夫。たぶん。